「個人」が揺るがす企業価値
人権から考えるリスクと機会
大杉 春子
コミュニケーション戦略アドバイザー 。民間企業・地方自治体・省庁などのパートナーとして、PR戦略の策定から広報物の制作監修まで幅広い支援を行う。日本でのERC普及を目指し、2020年に日本リスクコミュニケーション協会を設立し、国内外の専門家を束ねる。リスク管理からBCP/BCM、危機管理広報までを網羅した新たなリスクコミュニケーションのスキルを持った『リスクコミュニケーター』の育成を展開。
2024/01/16
先行者から学ぶESGコミュニケーション
大杉 春子
コミュニケーション戦略アドバイザー 。民間企業・地方自治体・省庁などのパートナーとして、PR戦略の策定から広報物の制作監修まで幅広い支援を行う。日本でのERC普及を目指し、2020年に日本リスクコミュニケーション協会を設立し、国内外の専門家を束ねる。リスク管理からBCP/BCM、危機管理広報までを網羅した新たなリスクコミュニケーションのスキルを持った『リスクコミュニケーター』の育成を展開。
年末に行った中国出張の際、現地で話題になっていたのは、一人のインフルエンサーが企業の時価総額に約60億香港ドル(日本円に換算すると約1100億円!)もの影響を与えた事件だった。
この桁違いの一連の騒動のいきさつはこうだ。
教育大手のイースト・バイ・ホールディングスは、事業の行き詰まりを打開しようと、ライブコマースに手を伸ばしこれが大当たり。TikTokで1,400万のフォロワーを持つカリスマインフルエンサー、董宇輝氏(↑写真の左側)はその中心人物となり、3日間の生放送で2.67億人民元(約53.4億円)を売り上げるほどの大成功を収めていた。しかし、彼の人気が嫉妬を生み、12月6日、内部スタッフにより董宇輝氏の演出がチームの過酷な労働の賜物であると投稿。これが熱狂的なファンの間で激しい議論を巻き起こし、多くのフォロワーが同社のサービスから離れ、競合他社へ流れるという事態になった。さらに、CEOの孫東旭氏(その後、解任)がライブでの対応を試みるも、逆ギレ気味の態度で火に油を注ぎ状況を悪化させた。一連の出来事は、イースト・バイ・ホールディングスの株価に深刻な影響を及ぼし、論争の発端からわずか数日で、株価は19.6%も下落(時価総額約60億香港ドル減)した。
2023年を振り返ってみると、首相秘書官だった荒井勝喜氏が性的少数者や同性婚に対する差別発言をしたとして更迭され、3月にはジャニーズ事務所創業者の故ジャニー喜多川氏による性加害問題が「表面」化、7月には経済産業省に勤めるトランスジェンダーの職員が起こした職場の女性用トイレをめぐる裁判で、最高裁判所がトイレの使用制限を認めた人事院の対応は違法とする判決がでた。また9月には宝塚歌劇団に所属する25歳の劇団員が自死していたことが発覚し、ハラスメントが厳しく指弾されるなど、個人の人権問題がクローズアップされた年だった。さらに2024年に入ってまもなく、ダウンタウン松本人志氏が一般女性への性的行為強要疑惑を報じられたことにより活動休止を発表した。
今、個人の尊厳と権利を尊重する経営が、企業の競争力を高める鍵となる。これは時代の要請であり、倫理的責任の果たし方でもある。中国の一連のケースは、この要請に応える企業の姿勢がいかに重要かを示している。個人の尊厳と権利を軽視する企業は、時代の流れに取り残される危険がある。
現代は個人の人権が、企業利益を上回る価値を持つようになるケースも少なくない。企業は従業員や関係者を単なる「リソース」ではなく、重要なステークホルダーとして認識し、その権利を尊重することが求められている。これは、時代の流れに対応するためだけでなく、企業の倫理的、社会的責任を果たすためにも不可欠だ。
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